脳の2つの思考モード「システム1 vs. システム2」

人間の脳は、情報処理をする際に2つの思考モードを使い分けていて、それを「システム1 vs. システム2」と呼びます。カーネマンは、システム1は直感的で瞬間的な判断であることから「ファスト」、システム2は注意深く考えたり分析したりと時間をかける判断であることから「スロー」と呼びました。「認知のクセ」を生む理論のうち、最も基本となるのがこの「システム1 vs. システム2」です。

話が少しそれますが、私が大学院生の頃、同級生の間でどっちがシステム1でどっちがシステム2だか、ついつい忘れてしまう人たちがいっぱいいました。私もその一人でしたが、先輩が一度、「一番速いからシステム1は直感。遅くて2番目だからシステム2は熟考」と教えてくれて以来、忘れないようになったので、ここでも記載しておきます。

さて、システム1は直感的とはいえ、過去の経験も生かされています。例えば「午後のミーティングで眠気がさしたらコーヒーを買う」というのは、ビジネスパーソンとしての経験からくる意思決定です。

一方で、経験までさかのぼらないこともあります。午後に同僚がブレンドコーヒーMを注文した後に、「ご注文は?」と聞かれて反射的に「私もブレンドコーヒーM」と言うときは、いちいち眠気やミーティングについて考えず、ただ同僚と同じものを注文しているのです。

反対にシステム2は「バットとボールの価格差は1ドルだから……」と注意を払って計算するといった具合に、集中して考えた末に出す意思決定です。例えば「午後のミーティングには眠気防止のコーヒー」とシステム1が意思決定しても「ちょっと待てよ、朝か2杯飲んでいる。コーヒーを飲みすぎると胃が痛くなることがあるから、水にしておこう。午後のクライアントの会議でもコーヒー出るしな」などと考えた上で意思決定をします。

システム1は「午後の眠気にコーヒー」と素早く直感的に判断します。これに対して、システム2は午前中の摂取量や夕方にまた飲む可能性があるといった将来の摂取見込みに加え、「コーヒーの飲みすぎは良くない」などと健康への影響などまで総合的に検討し、最後に「今日は水にしておこう」と決める―このようにより精度の高い意思決定ができます。

この話をすると、「システム1とシステム2が交代しながら意思決定をするの?」と質問されますが、2つのシステムは無意識下で連動し、同時に動いています。

例えて言うなら脳の中に常に白も黒もあるというイメージで、時と場合によって配分が変わり、濃いグレーになったり薄いグレーになったりするけれど、真っ黒も真っ白もない ……。それがシステム1とシステム2です。

 人はいつ、システム1を使いがちか?

人間の意思決定のデフォルトはシステム1ですが、「システム1よりシステム2のほうが優れている」というわけでもありません。「1425×79」を暗算する場合は注意深くなる必要がありますが、問題が「1+1」だったら、計算するまでもなく「2」と一瞬で答えを出したほうがむしろいいでしょう。なぜなら、すべてのことを注意深くじっくり考えていたら、何も決められなくなるからです。

「朝食はヨーグルト? トースト? それともご飯と味噌汁?」と毎朝悩むのでは、いくら時間があっても足りなくなるでしょう。

「今朝の胃の調子はどうかな? 昨日の夜は和食だったから今朝はトーストかな。でもそういえばここ1週間ランニングをサボっているから炭水化物は控えめにしたほうがいいかな。あと最近、天気が悪いからビタミンDの多い朝食を取らなきゃいけない……」

朝食から始まって、何を着るか、通勤は車にするかバスにするか、仕事はどうするかとやっていたら身動きが取れず、「システム1にお任せ」のほうがいいことは多数あります。

すべてをシステム2で考えていたら、脳がパンクしてしまう―。システム1は決して無用のものなどではなく、人間に必要な思考モードとして備わっているものなのです。

ただし、システム1で瞬時に判断することにより、それが思い込みや偏見となり、結果、間違った意思決定につながってしまうことは往々にしてあります。ですから、人間がいつシステム1を使いがちかを知っておくことは、誤った判断をしないための助けになります。

人はどんなときにシステム1を使いがちかを明らかにした研究があります。それをまとめると以下の6つのときです。

  • 疲れているとき

  • 情報量・選択肢が多いとき

  • 時間がないとき

  • モチベーションが低いとき

  • 情報が簡単で見慣れすぎているとき

  • 気力・意志の力(ウィルパワー)がないとき

忙しいときや情報が多すぎるとき、人はシステム1で意思決定しがちという研究ですが、ビジネスパーソンは皆、忙しく、常に大量の情報に接しています。つまり、システム2のエンジンとも言える「注意力」は常に危機にさらされているのです。

また、仕事に慣れてきた頃にミスをするのは、「こんなものか」で済ませてしっかり検討せず、システム1しか使っていないことが原因です。

「行動経済学が最強の学問である」より抜粋。

 

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